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なぜ柔道整復師&オステオパシー施術師になったのか?~第3話 沖縄へ行こう!~

  

こんにちは。健康工房SOWAKAの隆(たかし)です。

  

前回からの続きです。
  
  

「きみが何を言っているのかわからない」
  

  
「3ヶ月の地球一周の旅に行きたいから、会社を辞めます。」上司にそう伝えた時に返って来た言葉です。
  
まあ、上司が驚くのも無理はないと思います。
  
あまりにも突然でしたし、日本有数の企業グループに属しているこの会社にいれば、将来はほぼ安泰だったところを辞めると言い出したのですから。
  
  
「まだ病気(鬱)が治っていないんだ」
  
「考え直せ」
  
「会社のカウンセラーと面談をしなさい」
  
などなど、すったもんだがあった挙句、
ピースボート出発の5日前に人事部へ呼ばれることになりました。
  
そこで担当の部長から問われました。
  
「選択肢は二つ。行くのを辞めて会社に残るか、会社を辞めて行くか」
  
ここはもちろん、
  
「やめて行きます!」と元気よく即答です(笑)。

 
そこから急いで会社の残務整理と引継ぎを行い、10数年お世話になった会社に別れを告げていざピースボートの旅に出発です。
  
  
ピースボートの旅はとてもとても有意義なものでした。
 
四人相部屋で知らない人たちとの100日以上の生活しているうちに、人生の中でかけがえのない仲間たちが生まれました。
  
ピースボートの旅についてはあまりにも長くなるので割愛します。
  
ちなみにこちらのブログにまとめてあるので興味のある方はどうぞ⇒第75回ピースボート地球一周の船旅
  
100日以上あるので、1日に3話読んでも1ヶ月は楽しめますよ(笑)。
  
  
ピースボートの旅からから帰ってきて、さあ、これから何をしようか、と考えました。
  
生きて行くためには、働かなくては行けません。
   
どこかの会社に入って働くことも考えましたが、もう組織で働くのは自分の性分では無理とわかっていました。
  
なので、何か手に職を持とう、と思ったのです。
   
  
子どもの頃、私は運動神経が良くない子でした。
  
小学校6年生の時に50m走で10秒を切るのがやっとというぐらいです。
  
当時は生まれつきのもので仕方がないと思っていましたが、大人になって読んだ本に

 

「運動神経が悪いと言われている子供は、ただ身体の使い方を知らないだけ」

  

ということが書いてありました。

 

   
もっと身体のことを知りたい。
  
それと同時に、
  
直に人の役に立てる仕事をやりたい。
  
とも思いました。
  
      
そんな時、接骨院でお世話になった経験が蘇ってきました。

 

会社でパソコン作業が多くなり、背中が張ってしまった時に何度もお世話になっていたのです。
  

そこで決めました。


「よし、柔道整復師を目指してみよう。」
  

  
調べると、柔道整復師の資格を取るには、しかるべき養成所(専門学校や大学)で3年以上の勉強をし、更に国家試験に合格しなくてはならないとのこと。
  
地元の茨城に養成所はなく、近くだと東京か福島、埼玉になることがわかりました。
  
どうせ県外に出るしかないのであれば、スキューバダイビングで知り合った人たちも多い沖縄がいいな。もしかして沖縄に学校はないかな?
  
と軽い気持ちで調べてみると、なんと専門学校(沖縄統合医療学院)があることがわかりました。
  
しかも寮が設備されていて、おまけに奨学金も頂ける。
  
これは行くしかないでしょう。
  
2013年の1月に入学試験を受けて無事に合格し、4月から3年間に及ぶ沖縄生活が始まりました。
  
  
次回に続きます。